第180号

10分で終わらせた仕事を50時間分請求する理由

問題は個人の誠実さではなく、時間を基準に価格を決める課金モデルにあります。投入時間と成果物の価値が比例しなくなるなか、人間の労働とSaaSの料金体系で同じ問題が起きています。

ビジネス10分で終わらせた仕事を50時間分請求する理由

時給6万ウォンのエンジニアが10分の仕事を50時間と書く瞬間

時給6万ウォンを受け取っているエンジニアがいます。ある機能を作ってほしいと頼まれたとき、3年前にまったく同じものを作った記憶がよみがえりました。当時は丸50時間かかりました。今回はそのコードを取り出し、10分で組み込み、問題なく動作しました。テストも通過しています。

会社は50時間分を支払うべきでしょうか、それとも10分分を支払うべきでしょうか?

10分分しか支払わなければ、再利用によって時間を節約したエンジニアの報酬は減ってしまいます。かといって50時間分を支払えば、実際の投入時間だけで清算するという原則から外れます。同じ成果物に対していくら支払うべきか、契約で見直す必要が生じます。

これは個人の誠実さの問題ではありません。「投入した時間=生み出した価値」という前提が崩れたからこそ生じる契約構造の問題です。そしてこの問題は、人間の労働市場とソフトウェア市場の双方で同時に現れています。

🔴 時給制が機能しない4つの状況

時給制は特定の条件下では申し分なく機能します。投入した時間と成果物が比例しているときです。問題は、知識労働においてその比例関係がしばしば崩れる点にあります。4つの場面を見てみましょう。

1つ目は、0時間のアイデア。 シャワーを浴びている最中に、会社のコスト構造を一変させるアイデアがひらめいたとします。リサーチも会議もしていません。時給制はこのアイデアにいくら支払うべきでしょうか? 0時間ですから0ウォンです。会社はアイデアを個別に買い取ってはくれません。

2つ目は、再利用。 先ほど触れた50時間分の資産を10分で組み込むケースです。過去の50時間が生み出した価値を現在の10分へ換算する方法は、時給制にはありません。

3つ目は、エージェントへの委任。 10時間かかる作業をAIエージェントに任せ、計画を吟味し、結果を検証するループを何度か回して30分で終わらせました。この30分の価値は「何を委任すべきかを知っている能力」から生まれていますが、時給制にはその能力に値付けをする手段がありません。

4つ目は、失敗した10時間。 10時間費やしたあとになって、そもそも方向性が間違っていたことに気づきました。これは請求してよいのでしょうか? 時給制はこの10時間を正当な労働として認めます。しかし、前の3つの場面は認めてくれません。

時間あたりの単価が同じなら、試行錯誤に使った時間は請求できる一方で、熟練して早く終わらせるほど請求額は減ってしまいます。

そのため、受託者は時間契約のクライアントを断るべきか悩み、実際に働いた時間よりも水増しして報告したいという誘惑にも駆られます。

私は時間を水増しして請求することを勧めているわけではありません。ただ、ある構造が特定の行動に対して一貫して報酬を与え続けているなら、それはその行動をとる人の問題ではなく、構造の設計ミスを示すサインです。個人の良心に頼らなければ維持できない契約なら、契約条件そのものを再設計すべきだという意味になります。