ALS患者の意思疎通を支えたBCI、自宅で使用した3,800時間
ALS患者Casey Harrellの3,800時間に及ぶ実使用記録と、中国NEOの市販承認から読み解くBCIの現在地、そして残された未解明の課題。
AI・テック3,800時間、そして200万単語
脳波でロボットを訓練する!?中国と米国が今猛烈に投資している理由脳信号を機械の学習と制御に活用する研究を取り上げました。3月に「脳波でロボットを訓練する!?」というニュースレターをお届けしました。人の脳波を記録してロボットの学習データとして用いる技術を取り上げました。2026年6月に『Nature Medicine』で発表された論文は、意思疎通を支援する別の用途のBCIを扱っています。脳に電極を埋め込むことで、言葉を失った人に声を甦らせた記録です。
ALS1患者であり気候活動家のCasey Harrellは、脳に移植したデバイスによって発話とコンピューター操作の補助を受けています。研究チームは、約2年にわたる在宅での自立的な使用において、3,800時間以上、約200万単語、1分あたり平均56単語という記録を報告しました。BCI2の性能とともに、研究者の立ち会いなしに実生活の中で使用できたという点が注目すべき成果です。
言葉を失った男性の3,800時間
Casey Harrellの話は2023年7月にさかのぼります。UCデービス校の神経外科医David Brandmanが、彼の左中心前回3に4個の微小電極アレイを移植しました。電極数は計256個。この電極が担う役割はシンプルです。Harrellが話そうと「試みる」際に、脳の運動皮質から発生する電気信号をリアルタイムで読み取ることです。
ALSにより口の筋肉が麻痺して実際には声を出せませんが、脳は今も発話の指令を送り続けています。電極がこの指令を捉え、機械学習ソフトウェアがそのパターンを音素単位で解読してテキストに変換する仕組みです。変換されたテキストは、HarrellのALS発症前の声を再現した音声合成器を通じて声として出力されます。娘は父親が元々話していた声をよく覚えていませんが、このデバイスのおかげで父親に本を読み聞かせてもらうことができます。
2026年6月に『Nature Medicine』で発表されたこの論文の主要な成果をまとめると、以下のようになります。
- 3,800時間以上の在宅での自立使用(研究者の監督なし)
- 183,000文、約200万単語を生成
- 統制された試験において単語精度99%以上
- 日常生活で生成した文章の92%をHarrellが「概ね正しい」以上と評価
- 平均速度は1分あたり56単語(ゆっくりとした日常会話レベル)
- 試験に用いた語彙集は125,000語以上
**この2つの精度数値は評価単位と測定方法が異なるため、直接比較することはできません。**また、デバイスを日常生活で使うためには、解読の精度だけでなく、起動手順やキャリブレーション、エラー対応も重要になります。Harrellの場合、介護者が朝に2つのドッキングポートをコンピューターに接続すれば、その後は一人で12時間以上連続して使用することもあります。電子メールを書き、ウェブをブラウジングし、気候活動家としてフルタイムの職務を維持しています。研究チームは時間が経つにつれて、プライバシーモードや不適切発言フィルターのような機能も追加しました。不適切発言フィルターは、Harrellが娘と会話する際にデコードのエラーで罵倒語が出力されるのを防ぐ機能です。このような細やかな機能は、統制された実験環境ではなかなか出てこない要求です。毎日実際の生活の中でデバイスを使い続けるユーザーがいて初めて浮き彫りになる必要性だからです。
Harrellが参加しているBrainGate2臨床試験は、20年以上続いているプロジェクトです。最初の17年間は脳信号でカーソルを動かしてクリックする「ポイント&クリック」方式に注力していましたが、ここ数年で音声デコードへと舵を切りました。研究責任者のBrandmanはこう表現しました。BCIは何年もの間、統制された研究室にのみ存在する概念実証デバイスだったが、今やついにその敷居を跨いだと。彼はBCIの現在地を1950年代のペースメーカーに例えました。当時の初期のペースメーカーは外部電源に依存する装置でした。70年が経過した今、ペースメーカーは外来での処置で埋め込める日常的な医療機器になっています。