第187号

サムスンとナイキが列をなす2つの会社

ASMLは装置を売り、YKKはファスナー製造機を売りません

ビジネスサムスンとナイキが列をなす2つの会社

「スーパー乙」たちの共通点

サムスン電子の経営陣は極端紫外線(EUV)露光装置1を1台でも多く確保するため、オランダの人口4万人の小都市へと飛び立ちます。ナイキやリーバイス、パタゴニアは服を作る際、日本の富山県にある会社のファスナーを指定して発注書に書き込みます。いわゆる「甲(発注側)」と呼ばれる企業が、「乙(受注側)」の前に列をなしている格好です。韓国メディアがASMLに「スーパー乙」という異名を付けた理由でもあります。

しかし、両社がその地位に上り詰めた経路は正反対です。2社の共通点は「製品を作る機械」を掌握したことであり、相違点はASMLがその機械を販売したのに対し、YKKは外部に売らなかったという点です。この正反対の選択がどのようにして同じ結果につながったのか、そしてどのような条件が両社の選択を分けたのかを見ていきます。


機械を隠した会社YKK:設備を自社で作り、外部には売らない

YKKは2024会計年度にファスナーを100億本販売しました。つなぎ合わせると300万km、地球80周分に相当します。『ハーバード・ビジネス・レビュー』の試算によると、世界のファスナー市場の金額ベースで約40%、数量ベースで約20%をこの1社が占めています。NASAの宇宙服からジーンズまで使われる用途も幅広く、日本国内だけでもファスナーの種類は10万種を超えます。

その秘訣としてよく品質が挙げられますが、私は半分だけ合っている答えだと考えています。1934年に創業者の吉田忠雄が打ち立てた原則は、「良いファスナー」ではなく「良いファスナーが生まれざるを得ない工程」だったからです。YKKは真鍮を自社で製錬し、ポリエステル原糸を自社で紡ぎ、ファスナーテープを自社で織ります。そして決定的なのは、そのすべてを行う機械を富山県黒部市の自社施設で直接設計・製造している点です。この機械はいかなる価格を提示されても外部には売りません。競合他社がファスナーそのものを真似することはできても、製造機械を見る道すら閉ざされている構造なのです。

機械を自ら作って握り続けるこの手法の威力は、米国市場で如実に現れました。1960年にニューヨーク事務所を開設した当時、米国首位のタロン社がファスナー10本のうち7本を握っていました。ところが、YKKが自社の機械を米国の衣料品工場にリースで導入し始めると、形勢は一変します。ブルームバーグによると、機械リースを開始してから10年で米国法人の売上高は1億ドル未満から約4億5,000万ドルへと急増し、1980年代後半には全米首位の座を奪取しました。顧客の工場内で自社の機械が稼働した瞬間、ファスナーの供給元を変更することは、単なる副資材の切り替えではなく生産ラインそのものの入れ替えを意味するようになるからです。かつての王者タロンのシェアは、現在では1桁台に落ち込んでいます。

この機械が生み出す品質がなぜ決定的なのかを示す、極端な顧客も存在します。米軍にサバイバル装備を納入しているスウィットリック社です。同社のドライスーツにおいて、ファスナーは浸水を防ぐ最後の防衛線であり、ファスナーから水が漏れた瞬間に、人を救う装備が人を危険にさらす装備へと変わってしまいます。そのためスウィットリック社は、米空軍向け救命胴衣に採用されている、膨張時に自動で破断して開くクイックバースト・ファスナーをYKKと共同開発しました。ファスナーは衣服の価格の1%にも満たない部品ですが、こうした調達担当者は価格ではなく「失敗に伴うコスト」で計算します。この市場では、低価格攻勢など最初から通用しません。

中国勢による低価格攻勢への対抗策も同じアプローチです。1984年創業の福建省に拠点を置くSBSは、YKKを引きずり下ろすと公言している企業です。WSJの映像でYKKの役員が明かした対抗策は、値下げではなく、品質を落とさずにコスト競争力のあるファスナーを量産できる新たな機械の内製開発でした。価格を下げる代わりに、新たな機械を作って立ち向かうという意味です。YKKが現在も非上場企業にとどまり、四半期ごとの業績圧力にさらされることなく、10年単位の設備投資を決断できる点も、こうした対応を可能にしています。

もちろん影の部分もあります。2007年、欧州委員会(EC)はファスナー・ファスニング製品の価格カルテルを結んでいたとして7グループに計3億2,800万ユーロの制裁金を科しましたが、その中でYKKの負担額が約1億5,000万ユーロと最大でした。競争が制限された市場では、価格カルテルへの誘惑も大きくなることを示す記録です。

機械を売った会社ASML:部品は外部委託、サプライヤーとは排他的な関係に

今度は反対側を見てみましょう。1984年、すなわちYKKの創業からちょうど50年が経った年に、オランダのフェルトホーフェンで約30人がASMLを立ち上げました。今日、同社は極端紫外線(EUV)露光装置を世界で唯一製造できる企業となり、2025年の売上高は327億ユーロ、売上総利益率は52.8%を記録しました。次世代装置であるHigh-NA2は、1台の価格が約5,000億ウォン前後とされています。YKKが卸値数十ウォンから数百ウォンの部品を100億本売って王者になったとすれば、ASMLは世界で最も高額な機械を年に数十台売って王者になった格好です。

ただし、一般的な通念を一つ正しておく必要があります。ASMLはすべてを自社で製造している会社ではありません。むしろ正反対です。装置部品の80%以上を外部調達しており、サプライヤーは5,000社を超えます。EUV装置1台に使われる部品は約10万点に及び、出荷時にはコンテナ40個と貨物機3機が動員されます。素材から機械まですべて社内で完結させたYKKとは異なり、ASMLは大半を外部サプライヤーに依存しています。

その代わり、サプライヤーが自社以外には販売できないよう強固に囲い込みました。光学系を手がけるドイツのカールツァイスは、ASMLの唯一のサプライヤーであると同時に、ASMLを唯一の顧客としています。25年を超える共同開発を通じて互いに代替不可能な存在となり、ASMLはツァイスの半導体部門の株式24.9%まで保有しています。ツァイスが製造するEUV用の多層膜ミラーは、表面が事実上原子レベルの平坦度にまで研磨された代物であり、地球上にこれを代わりに製造できる会社自体が存在しないからです。光源メーカーのサイマーに至っては、2013年に完全に買収しました。部品は買い入れますが、その部品を作れる企業は株式保有、買収、長期共同開発を通じて自社陣営に縛り付けているのです。すべてを自社保有する代わりに、他社には供給できない関係を作り上げる手法です。

こうした関係が最も鮮明に表れたのが2012年です。EUVの開発資金が巨額化する中、ASMLは顧客各社に支援を求めました。インテル、TSMC、サムスン電子の3社が計23%の株式を38億5,000万ユーロで取得し、別途研究開発資金として13億8,000万ユーロを5年間にわたって分割拠出しました。サムスンだけでも株式に5億ユーロ、研究開発費として2億7,600万ユーロを投じました。それにもかかわらず、この株式はすべて無議決権株でした。資金は受け取るものの、経営権には指一本触れさせないという条件だったのです。「甲」の3社が「乙」である1社の研究開発費を負担した、産業史でも極めて稀な光景です。なぜ出資したのでしょうか。この機械がなければ自社の未来もないということを、顧客側が誰よりも痛感していたからです。

まとめるとこうなります。YKKはすべてを自前で作りながら機械だけは売らず、ASMLは自前ではほとんど作らずに機械そのものを売る。なぜこれほど正反対の道へ分かれたのでしょうか。

両社が正反対の選択をした2つの理由

同じ問いに対して両社が正反対の答えを出した理由について、私は2つの基準から見ています。

第1に、機械の中に工程のノウハウがすべて内包されているかどうかです。ASMLの装置は必須ですが、装置さえあれば済むというものでもありません。同じEUV装置を導入しても、TSMCと後発組とでは歩留まりに大きな差が生じます。同一の装置を使っても結果が分かれるということは、工程ノウハウが装置の外側に独立して存在することを意味します。機械を売っても工程ノウハウは顧客自身が蓄積しなければならないため、ASMLは機械を外販しながらも代替不能な地位を維持できるのです。一方、YKKのファスナー製造機には、その内部に工程知識の大部分が詰め込まれています。機械を売ってしまえば数十年にわたる工程知識が丸ごと相手に渡ってしまうため、販売せずに隠し通す道を選んだのです。

第2に、機械そのものを売買する市場の規模です。半導体製造装置市場はそれ自体で年1,000億ドルを超える規模を誇り、装置だけを売っても世界的なメガ企業が成立します。しかし、「ファスナー製造装置市場」は独立した市場としては小さすぎます。優れたファスナー製造機をキャッシュに変える唯一の方法は、その機械を使って自らファスナーを100億本打ち出すことだけだったのです。アプライドマテリアルズや東京エレクトロンのような製造装置専業大手が半導体産業には存在し、ファスナー産業には存在しない理由がまさにここにあります。

この選択は、生産拠点の配置戦略までも分けました。機械を自社製造するYKKは、同一品質の工場を世界69カ国にそのまま展開することができ、地産地消の原則によって関税負担も軽減できました。米軍への納入要件であるベリー修正条項3を、ジョージア州の自社工場でクリアするような形です。一方、機械そのものが最終製品であるASMLは、フェルトホーフェンの1拠点に組み立てを集中せざるを得ず、その結果として米中輸出規制の渦中に立たされることになりました。同一の原理から出発しながらも、両社が背負うリスクの種類は正反対となったわけです。

YKK両社は現在、いずれも韓国に拠点を置いています。YKK韓国はソウルの方背洞に本社、平沢に工場を構え、韓国内のアパレル・バッグ業界にファスナーを供給しています。ASMLは2,400億ウォンを投じた華城キャンパスを昨年竣工させましたが、その中核施設は露光装置の部品を修理・再生する再製造センターです。ここで使用する韓国製部品の比率を10%から50%まで引き上げる計画も発表しました。機械を売った会社でさえ、機械の寿命管理だけは顧客のすぐそばで行おうとしているのです。一方、YKKは2023年、創業以来初めてグローバル営業本部を日本国外であるベトナムへ移転しました。生産の90%がすでに日本国外で行われているためです。YKKは自社仕様の工場を複数国にそのまま水平展開し、ASMLは組み立てを本社に集約しつつ修理・部品拠点のみを顧客の膝元に置く。拠点をどこに構えるかという判断も、それぞれの選択に忠実に従っています。


Oswarldの視点

GTM(Go-to-Market)戦略コンサルティングで製品定義のワークショップを進める際、私が必ず投げかける質問があります。「御社が作っているもののうち、絶対に売ってはいけないものは何ですか?」大半の方は最初、質問そのものに戸惑います。作るものと売るものを同一のリストとして管理してきたからです。今回取り上げた2社は、作るものと売るものを別々に定義した企業です。何を売り、何を売らないかは、企業自身が決めることができるのだという事実を教えてくれます。甲乙関係も同様です。会社の規模やネームバリューよりも、相手が自社を他社へ容易に乗り換えられるかどうかが実際の力関係を決定づけます。両社は、自らが担う領域を他社に代替されにくい構造に仕立て上げたに過ぎません。

判断基準もこの事例から導き出すことができます。自社のコアケイパビリティの中で他社が最も模倣しにくい部分を特定し、その部分だけを切り出して販売できる市場が存在するかどうかを見極めるのです。その市場が十分に大きければASMLのようにそれを商品として市場に投入し、市場が存在しなければYKKのように外部には売らず最終製品の形でマネタイズを図るわけです。顧客企業の求めに応じてすべてを言われるがままに製造してきた慣行に慣れた韓国の素材・部品・製造装置(ソブジャン)企業であれば、「どの図面は渡しても、どの治具や設備は絶対に渡してはならないのか」を、この基準で改めて見つめ直すことができるはずです。

ただし、何かを他人に渡さず手元に握り続けることには相応の代償が伴います。YKKの課徴金は、競争が制限された市場において価格カルテルの誘惑が高まることを示し、ASMLの輸出規制リスクは、組み立てを一カ所に集中させると地政学的規制に対して脆弱になることを物語っています。何を手放さないかを決めることは、どのようなリスクを引き受けるかを決めることでもあるのです。


おわりに

要点を整理すると次の通りです。第1に、両社の強さは完成された製品そのものよりも「製品を作る機械」を掌握した点から生じています。第2に、YKKは素材から機械まで自前で作り、生産設備を外部に一切売りません。ASMLは外部サプライヤーと株式保有・買収・共同開発を通じて緊密な関係を築き、調達した部品で組み上げた装置を顧客に販売します。生産能力を維持しながら、何を販売対象とするかの定義が互いに異なるのです。第3に、したがって自社の製品がどれほど優れているかを問うだけでは不十分であり、自社のバリューチェーンにおいて「製品を作る機械」を誰が握っているのかまで問い直さなければなりません。

読者さんが身を置く業界において、「機械を握っている会社」はどこでしょうか?反対に、読者さんの会社が「絶対に売らないもの」、あるいは「売るべきではなかったもの」があるとすれば何でしょうか。ぜひコメント欄でお聞かせください。興味深い事例は、次号で一緒に深掘りしてみたいと思います。


💬 ご自身の業界における「隠した機械」の事例をコメントでお聞かせください。次号の参考にさせていただきます。 📨 部品・製造装置・B2B分野で働く同僚がいらっしゃいましたら、ぜひこの記事を共有してください。


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参考資料と関連リンク

主要出典

  • YKK, “YKK Surpasses 10 Billion Annual Global Zipper Unit Sales in FY2024”, 2025. リンク ··· 100億本、地球80周分という数値の一次出典です。
  • WSJ, “YKK Sells 10 Billion Zippers a Year. How Did It Get So Big?” (映像), 2026. ··· 本稿の出発点となった動画です。機械の内製化と米軍納入のエピソードが紹介されています。
  • Bloomberg Businessweek, “How the World’s Largest Zipper Maker Is Weathering the Tariffs Era”, 2025. リンク ··· 機械リース後の売上高4.5倍の推移や、黒部の秘密施設に関する詳細が記載されています。
  • ASML, “2025 Fourth Quarter and Full-Year Results”, 2026. リンク ··· 売上高327億ユーロ、売上総利益率52.8%の一次出典です。
  • ASML, “Samsung joins ASML’s Customer Co-Investment Program”, 2012. リンク ··· 「甲」3社が「乙」の研究開発費を負担した2012年の出来事に関する一次資料です。
  • European Commission, “Antitrust: Commission fines members of fasteners cartels over EUR 328 million”, 2007. ··· YKKに対する1億5,000万ユーロの制裁金に関する原典資料です。支配力の陰の側面にも目を向ける必要があります。

背景知識

  • The Fashion Law, “The Humble Zipper is at the Center of an Almost $20 Billion Global Battle”, 2020. リンク ··· タロンの没落からSBSの台頭まで、ファスナー産業の歴史を俯瞰するのに適した記事です。
  • THE ELEC, 「ASML、2400億投入 華城クラスター構築」, 2022. リンク ··· ASMLの華城キャンパスと再製造部品の国産化計画(10%→50%)を取り上げた記事です。

アン・グァンソプ(Oswarld)のイラスト

著者 アン・グァンソプ(Oswarld) は世宗大学校 兼任教授、INLEVEL9 戦略コンサルタントです。経歴、研究、著書、最近の活動は著者紹介で更新しています。 最近の活動 · 2026年7月:HEMA-2: A Consolidation-Aware Tri-Memory Architecture with Multi-Channel Scheduling for Lifelong Conversational AI

📝 用語解説

각주

  1. EUV(極端紫外線)露光装置:光を用いてウェハー上に回路パターンを描画する装置の中で、最も微細な工程に用いられます。波長が短いほど微細な描画が可能になりますが、EUVはその極限に位置し、最先端半導体の生産に不可欠です。

  2. High-NA:EUV露光装置の次世代バージョンです。レンズが光を集める能力(開口数=NA)を高めることで、一段と微細な回路を描画します。カメラで例えるなら、絞り(開口径)を大幅に拡大した設計に相当します。

  3. ベリー修正条項(Berry Amendment):米軍が調達する衣料品や繊維製品などについて、米国内で製造された部材の使用を義務付ける米国法の規定です。米軍に納入するためにはサプライチェーンを米国内に完結させる必要があります。